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唐津の海を守る20年の挑戦——ウニ漁師が起こした「海の森」再生の奇跡
「変わります、人の手で」——佐賀県唐津市で20年以上にわたり、海の環境再生に取り組み続けるウニ漁師がいます。
専門家からも「難しいだろう」と言われた磯焼けの海域を、地道な手作業でよみがえらせたその挑戦は、いまや全国から研究者が視察に訪れるほど注目を集め、環境大臣賞の受賞にもつながりました。
4年前、「赤ウニを日本一にしたい」と語っていた漁師を再び訪ねると、そこには予想外の現実がありました。それでもなお、海と向き合い続ける姿がありました。
4年前の夢は「日本一」
4年前、取材した際は、「赤ウニを日本一にしたい」と語っていた漁師の袈裟丸彰蔵さん。
その夢は現実となり、全国各地の優れた食や特産品が競い合う大会でグランプリを獲得。
地方大会を勝ち抜き、全国の舞台へと駆け上がる快挙を成し遂げました。
しかし——。
「今は、まったく獲れなくなっています」
喜びの報告を期待していただけに、その一言は衝撃的でした。温暖化の影響で海の環境は大きく変化し、日本一に輝いた赤ウニでさえ、思うように獲れなくなってしまったといいます。
海から命が消えていくメカニズム
漁師とともに岩場に立ち、目の前に広がっていたのは、海藻が一切見当たらず、白い岩肌だけがむき出しになった海の姿でした。この現象は「磯焼け」と呼ばれています。
磯焼けが進行すると、海藻を餌とするウニやサザエ、アワビなどの漁獲量が激減するだけでなく、魚や貝のすみかも失われ、海の生態系全体に深刻な影響を及ぼします。
では、なぜ海水温の上昇が磯焼けにつながるのでしょうか。袈裟丸さんは、その理由を二つ挙げました。
一つ目は、海藻が根腐れを起こしたり、育ちにくくなったりすることです。海水温の上昇によって、海藻が健全に育つための環境ではなくなりつつあるといいます。
そして二つ目は、これまでほとんど見られなかった生物が増えていること。その代表例が、「ガンガゼ」と呼ばれるウニの一種です。
ガンガゼは海藻を食べ尽くしてしまう生物で、かつては冬の低水温に耐えられず、生息数は限られていました。しかし近年は海水温の上昇によって一年を通して生存できるようになり、今では唐津近海でも大量に確認されているといいます。
後継者不足も重なる深刻な現実
こうした影響を受け、玄海地区の漁獲量は、約30年前と比べて10分の1以下にまで落ち込んでいます。
袈裟丸さんは、「昔は漁師がたくさんいたので、間引きなどをしながら海のバランスが保たれていたと思うんです。でも、漁業者そのものが減ってしまった。それも一つの要因ですね」と語ります。
漁獲量の減少に加え、深刻化する後継者不足——。二重の課題が、唐津の海をさらに追い詰めています。
それでも袈裟丸さんは、「まず、自然環境そのものが変わってしまったというのは、本当に大きいですね」と、問題の本質から目をそらすことなく、海と向き合い続けています。
「無理だろう」と言われた場所が、よみがえった
温暖化そのものを、1日や2日で変えることはできない。では、人の手で変えられるものは何か——。その答えが、袈裟丸さんが20年以上続けてきた「食害生物の手作業による駆除」でした。
ガンガゼをはじめ、海藻を食い荒らす生物を一つひとつ取り除くことで、海藻が育つ環境を地道に整えていったのです。
「ここはやばかったですよ」
袈裟丸さんが指さしたその場所は、かつて研究者からも「たぶん無理だろう」と言われていた海域でした。しかし今、そこには豊かな海藻が広がっています。
「自然界も応えてくれた、ということですよね」
そう語る袈裟丸さんの表情には、確かな実感がにじんでいました。
「変わります、人の手で」
その言葉には、この海と20年以上向き合い続けてきた人だからこその説得力がありました。
潜って見えた、命あふれる海
地元の漁師たちの協力も得ながら、これまでに再生した藻場は12ヘクタール。サッカーコートおよそ4個分に及びます。
実際にその海に潜ると、まるで“海の森”の中にいるような光景が広がっていました。海底から海面近くまで海藻がびっしりと生い茂り、かつて姿を減らしていた紫ウニも数多く戻ってきています。その光景には、思わず感動を覚えました。
さらに特徴的なのは、生えている海藻が一種類ではないこと。そこには数十種類もの海藻が共存していました。
袈裟丸さんは、「アワビやサザエも、いろんな海藻を食べたほうが風味が良くなるんです」と説明します。
豊かな“海の森”は、生態系を守るだけでなく、よりおいしい海の幸を育む土台にもなっているのです。
藻場再生がカーボンニュートラルにつながる
海藻が増えることのメリットは、漁業資源の回復だけにとどまりません。袈裟丸さんが語るのは、カーボンニュートラルへの直接的な貢献です。
「海藻には、炭素を吸収する働きもあります」
陸上の森が光合成によって二酸化炭素を吸収するように、海の中でも同じことが起きている——。そう確認すると、袈裟丸さんは「同じことです」とうなずきました。
さらに、「海の中に、何百年も炭素を貯めることができる」とも語ります。
海は単なる“吸収源”ではなく、長期にわたって二酸化炭素を蓄える「貯蔵タンク」としての役割も担っているのです。
「海が良くなれば、温暖化を抑制することができる」
ウニを育てるために始まった取り組みは、今や地球規模の課題ともつながっています。
その活動は全国の研究者が視察に訪れるほど注目を集め、温暖化対策への貢献が評価され、環境大臣大賞の受賞にもつながりました。
一般社団法人を設立し、全国へ
環境問題、カーボンニュートラル、そして後継者不足——。袈裟丸さんは、こうした複数の課題が、一つの“海の問題”に凝縮されていると語ります。
次の目標は、この活動をより多くの人に知ってもらい、担い手を増やしていくことです。
「少しでも回復の可能性を感じてもらって、“自分たちでもできるかもしれない”と思ってもらえたら。そうやって、次の担い手が生まれるようなきっかけを作っていきたいんです」
その思いを形にするため、袈裟丸さんは今年3月、一般社団法人を設立。劣化した海域の再生活動を、全国へ広げようとしています。
まとめ——1人の漁師が変えた海
漁師1人で見守っている海の広さに、改めて驚かされました。
それでも、20年以上にわたってコツコツと積み重ねてきた結果として、実際によみがえった海が目の前に広がっていたのです。その光景には、「人の力で海は変えられる」という確かな説得力がありました。
食を生み出すためには、まず環境を整えなければならない。そして、その環境を守ることが、生物多様性の保全にも、炭素問題の解決にもつながっていく。
唐津の海は今、その可能性を静かに、しかし確かに証明し続けています。

