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「使わなくていいエネルギーは使わない」——130年の老舗旅館「旅館 あけぼの」カーボンニュートラルへの挑戦
創業130年以上の歴史を誇る、佐賀市の老舗旅館「旅館あけぼの」。
5代目の女性オーナーが、東京で培った環境への意識を生かし、空調の見直しや地域素材の活用など、日々の“無駄”を見直す取り組みを進めています。
「特別なことじゃないけど、すごく大切」——。その言葉に、歴史を守りながら未来へつなぐ、静かな覚悟がにじみます。
東京で感じた「世界の変化」、佐賀で見えた「無駄」
佐賀市にある老舗旅館「旅館あけぼの」は、創業130年以上の歴史を誇ります。現在その経営を担うのが、5代目の女性オーナーです。東京で外資系食品メーカーに13年間勤務した後、5年前に佐賀へ戻り、家業を引き継ぎました。
在京時代、チョコレートやペットフードを扱う企業で働く中、環境に対する世界の価値観が大きく変わっていく現場を経験します。かつては「消費者に喜ばれるもの」として評価されていた丁寧な個包装も、勤務後半には「できる限り減らす」「使うならリサイクル可能な素材へ」と方針が転換。環境配慮が“付加価値”から“前提”へと変わっていく流れを、肌で感じてきました。
「もともと人より意識は高いほうだったと思うんです」と振り返るオーナー。そんな彼女が佐賀に戻り、改めて向き合ったのは、旅館という現場に潜む“見えにくい無駄”でした。長い歴史の中で当たり前になっていたエネルギーの使い方や運用の数々——。その一つひとつに目を向けるところから、新たな取り組みが始まっています。
最初の挑戦——空調を「部屋ごと」に刷新
「とにかく設備が古かったんです」とオーナーは振り返ります。
就任当初、旅館には雨漏りがあり、空調も全館一括管理の旧式システム。27部屋あるにもかかわらず、一部屋でも使用すれば全館が稼働してしまい、「お一人だけの宿泊でも全部つけなければならない」状況だったといいます。
そこで、「使わなくていいエネルギーは使わない」という考えのもと、2024年に全27室の空調を高効率タイプへと全面刷新。その結果は大きく、CO2排出量は約2割、電気使用量は約3割の削減を実現しました。
「空調だけでここまで削減できたんです」と語るオーナー。コストと環境負荷の両面に向き合ったこの一歩が、旅館の新たな取り組みの出発点となっています。
「南と北で分ける」発想
空調の刷新では、機器の性能だけでなく、建物の特性を生かした運用の工夫も取り入れました。
客室は南側と北側で環境が大きく異なり、南側は夏は暑く冬は暖かい一方、北側は夏は涼しく冬は冷え込みます。従来の一括管理では、この違いを活かせず、「南側は早めに空調を入れても効きにくい」といった声も上がっていました。
そこでオーナーが考えたのが、「フロアごと」ではなく「南と北で使い分ける」という発想です。宿泊客が少ない日には、例えば冬は南側の客室に集約することで、自然の暖かさを活かしながら空調の使用を最小限に抑えることができます。
設備だけに頼らず、建物そのものの力を引き出す——。そんな柔軟な工夫が、無理のない省エネにつながっています。
地域素材を活かした客室
空調の見直しと並行して進められたのが、3階シングルルームの改修です。壁と天井に使われているのは「貝灰漆喰」と呼ばれる素材。有明海に生息する赤貝の殻を砕いて粉砕し、塗り込んだものです。
この素材の大きな特徴は、湿気を吸収する力にあります。「同じ28度でも、湿度が違えば体感温度はまったく変わる」とオーナーが話すように、この部屋では夏でも空調を29度に設定するだけで十分な涼しさを感じられます。梅雨の時期でも空間はさらりと快適で、結果として消費エネルギーの抑制にもつながっています。
地域の自然素材を生かし、快適さと省エネを両立する——。「よく考えたら、すごくカーボンニュートラルな部屋なんですよ」と語るオーナー。その言葉どおり、暮らしの知恵が息づく一室です。
空調ゼロの廊下
旅館の廊下には、あえて空調を設置していません。夏の暑さ対策として導入も検討しましたが、専門家の助言を受け、オーナーが選んだのは別の方法でした。それが「風の道をつくる」という発想です。
裏口の窓を開け、廊下を通して突き当たりの窓をわずか10センチ開ける——それだけで空気は自然に流れ出し、館内にやわらかな風が通ります。実際に窓を開けると、「本当に10センチだけでも風が動くんです」という言葉どおり、空気の流れが感じられます。
新たな設備に頼るのではなく、建物の構造と自然の力を生かす工夫。こうした日常の気づきの積み重ねが、旅館のカーボンニュートラルを支える大切な柱となっています。
「特別なことじゃない」——でも、だからこそ大切
一連の取り組みについて、オーナーはこう語ります。
「なんか特別なことじゃないんですよね。でも、特別じゃないからこそ、すごく大切だと思っています」
お客様とスタッフが過ごす空間の快適さを守りながら、“無駄”を一つひとつ見直していく。その姿勢は、個人の信念にとどまらず、より大きな視点へとつながっています。
「一人ひとりの小さな積み重ねが、全体を良くしていくと信じています。1家庭だったり、1つの事業者だったり、それぞれが少しずつ取り組むことが大切だと思います」
創業から130年以上の歴史を刻んできた佐賀市の老舗旅館。その歩みは今、環境と未来に向けて静かに、しかし確かな一歩を重ねています。日々の小さな選択の積み重ねが、これからの100年を支えていきます。
店舗情報
- 店舗名:旅館 あけぼの
- 住所:佐賀県佐賀市中の小路3−10

