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2025.09.15

人間国宝・井上萬二さんをしのんで 孫の祐希さんが受け継ぐ白磁への想い

7月14日に亡くなった人間国宝・井上萬二さんの町葬が9月9日、有田町で執り行われました。「白磁」の技術で1995年に人間国宝に認定された萬二さんの遺志を受け継ぐ孫の祐希さんを取材し、伝統工芸の未来への想いを聞きました。

人間国宝とは何か?佐賀県に3人の貴重な存在

人間国宝とは、文化財保護法に基づいて重要無形文化財を保持する人物として文部科学省により認定された人のことを指します。この制度は「芸能」と「工芸技術」の2つの分野に分かれており、芸能分野には能楽や歌舞伎、日本伝統の音楽など。

工芸技術分野には陶磁器や染織、人形や和紙など。日本の伝統工芸技術に関する人物が選ばれます。

井上萬二さんは、このうち「陶芸」の分野、「白磁」の人間国宝として1995年に認定されました。現在、この制度が開始された1950年以降では398人の人間国宝が認定されており、萬二さんが亡くなる前の時点では105人が存命でした。

佐賀県内の人間国宝は、萬二さんが亡くなるまで3人いました。木版摺更紗の鈴田滋人さん(2008年認定)、色絵磁器の十四代今泉今右衛門さん(2014年認定)、そして萬二さんです。なお、2018年に亡くなられた中島宏さんは「青磁」の人間国宝でした。

有田町南山の井上萬二窯を訪ねて

萬二さんの功績をしのぶため、有田駅付近から国道35号線を佐世保方面に1キロほど向かい、南に入った有田町南山にある井上萬二窯を訪ねました。

窯元の敷地内には作業場があり、奥に進むと「Manji Inoue 展示場」と書かれたギャラリーが設けられています。ここで萬二さんの孫で陶芸家の祐希さんが、祖父の作品について案内してくれました。

ギャラリーには「萬二作、父の康徳作と僕祐希作、それに窯作と言って職人さんが作っている分の4種類ございます」と祐希さんが説明するように、4つの異なる作品群が展示されています。

渦巻きに込められた芸術性 鳴門の渦からのインスピレーション

萬二さんの作品でよく見られるのが、渦巻きの形をした白磁の花瓶です。祐希さんは「これは鳴門の渦からインスピレーションを受けた作品で、柔らかいうちに変形させて、土をつけたりして、結構負荷がかかるので、歩留まりがあまり良くないんですけど、良いものが焼き上がると『やった』という感じです」と制作の苦労を語ります。

その計算されたかのような美しい渦の間隔について、「皆さんおっしゃいますね。本当に全部ろくろですか?というふうに」と祐希さん。すべて手作業で作られているとは思えないほどの精密さが、萬二さんの技術の高さを物語っています。

白磁の美学 ごまかしの効かない純粋な美

「白磁」の人間国宝としての象徴とも言える作品について、祐希さんは「シンプルな、装飾も無い、色も無い、無垢な形ゆえにやっぱり作るのが難しいですね」と説明します。

「焼き物は、焼いた後に土の中だったり釉薬の中に鉄分があって、それが表面にほくろみたいにぽつっとできる時もあるんですけど、そういうのも許されないというか、ごまかしが効かない」

この言葉からは、白磁という技法の厳しさと、それを極めた萬二さんの技術の高さが伝わってきます。

「使わないと価値が無い」日常使いへのこだわり

芸術性の高い大きめの作品がある一方で、萬二さんは日常使いできる器も作っていました。祐希さんは「祖父も言っていましたけど、購入していただいて、使わないのはもったいない。使わないと価値が無い、とよく言っていたので」と萬二さんの哲学を紹介します。

「ある時とんでもないスピードで、ぐい呑み、こういうのをずらっと作っていたのはすごい印象的でしたね」と祐希さんが語るように、萬二さんは「基本、せっかちというか、早くしないと怒られます」と、段取り良く作業を進めることを重視していたそうです。

時代とともに変化する創作への姿勢

祐希さんは作陶する萬二さんの姿を身近に見てきました。「その時々によるんですけど、急に魚にハマったりもありますし。80歳くらいからかな、こういう紫の色を使うようになったり」

植物のデザインなど、「その時々で感じたものを作品に反映させていますね」と祐希さんが語るように、萬二さんは常に新しい表現を模索し続けていました。

萬二さんのすごいところについて祐希さんは「ろくろの技術だったり、向き合う姿勢だったり、新しい物に挑戦するという熱量だったり。それに向けて向かう努力だったり、そういうところですかね」と語ります。

三世代にわたる技術の継承と発展

5年前に亡くなった萬二さんの息子・康徳さんの作品が白や青を基調としているのに対し、孫である祐希さんの作品には違う色合いも多く使われています。

「白をうちはベースにしているんですけど、いろんな色も試してみたいということで、こういう色の展開もやっています」と祐希さん。

伝統の継承について祐希さんは「過去のものをそのまま習うだけだと伝統にならないって祖父もよく言っていたので。その時代の、その自分がやる意味とかを考えながら新しいチャレンジをしていくことが伝統につながるので」と萬二さんの教えを大切にしています。

これからの窯を背負う決意

萬二さんが亡くなり、これから窯を背負う立場となった祐希さんに今の思いを聞くと、「父が亡くなった時もそうなんですけど、より責任感が強くなったのと、もちろん不安だったり悩みも大きくなったので、それにちゃんと向き合いながら、自分のこともそうですけど、窯のことだったり」と率直に語りました。

有田や窯業界全体のことについては「ちょっとキャパシティ超えているので考えられていないですけど、今のところ目の前のこと、やるべきことを認識して向き合って、祖父の作家として早く一人前になれるように努力したいという感じです」

井上萬二窯ギャラリーで作品に触れる

井上萬二窯ギャラリーは午前9時から午後5時まで見学することができます。萬二さんの遺した白磁の美しさと、それを受け継ぐ祐希さんの新しい挑戦を間近で感じることができる貴重な場所です。

人間国宝・井上萬二さんの「過去のものをそのまま習うだけだと伝統にならない」という言葉は、伝統工芸の真の継承とは何かを教えてくれます。祐希さんが語る「その時代の、その自分がやる意味とかを考えながら新しいチャレンジをしていくことが伝統につながる」という姿勢こそが、佐賀の誇る伝統工芸の未来を支えていくことでしょう。

井上萬二窯ギャラリー
  • 住所: 有田町南山丁307
  • 電話: 0955-42-4438
  • 営業時間: 9:00~17:00
  • 休業日: インスタグラム @manjiiroue で確認
【2025年9月9日放送 かちかちLIVE 火曜特集 より】

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