佐賀のニュース
【戦争の記憶】「工業の差は歴然…日本は危ない」 墜落したB29を撮影した当時18歳の男性
2022/08/17 (水) 15:54
太平洋戦争が終わってから77年。日本はその後、他国と戦火を交えていませんが、ウクライナ侵攻など戦争・紛争は絶えません。サガテレビが過去に取材した人の記憶を振り返り、改めて戦争、そして平和について考えます。
≪2012年8月15日放送≫
(年齢は放送当時)
67年前の1945年、太平洋戦争末期に鳥栖市と福岡県小郡市との境にアメリカ軍の爆撃機が墜落しました。その様子を撮った写真に映った悲劇と映らなかった悲劇を当時の関係者に取材しました。
ここに一枚の写真が残されています。1945年昭和20年4月、鳥栖市と福岡県小郡市の境に墜落したアメリカ軍の重爆撃機B29を映した現存する唯一の写真です。
「この少し奥の方に落ちたんですね。で、すっかりここは市街地になっていますけど」
撮影をしたのは当時18歳だった基山町の松隈嵩さん。写真が趣味だった松隈さんはB29が墜落したと聞き自転車で現場に駆けつけました。
「写真を一枚でも映したいという気持ちがありました。そのころ学徒動員で飛行機工場に勤めていたものですからB29というのは当時の最新鋭機ですからなんとしてでも一目見たいという気持ちがあったんですね」
墜落したB29の姿を民間人が映した写真はほとんど遺されていません。
「写真機持っているだけでもスパイと。警察に呼ばれる、憲兵に呼ばれるそういう時代でしたね」
1941年、昭和16年にハワイ・真珠湾への日本の攻撃から始まった太平洋戦争。当初は快進撃を続けた日本もアメリカをはじめとする連合国の反撃を受け昭和20年には日本各地へのB29の爆撃が連日のように続いていました。軍部は不都合な情報を隠し日本の勝利を疑わない国民も多くいましたが松隈さんは疑いを持ち始めます。
「日本の飛行機は油が漏れて油の筋が一杯ついているのが見えたがそういうのはなくピカピカ。工業の差は歴然としたものを感じた。そのころから日本は危ないかなという気が」
墜落したB29は、当時東洋一といわれ現在の福岡県筑前町と大刀洗町にあった陸軍大刀洗飛行場を狙って飛来したものでした。
「飛行機をこの中に隠して上から土をかぶせて芝生を植えてわからないようにして隠したんですね。攻撃を避けるために」
大刀洗飛行場の歴史などを伝える大刀洗平和記念館の北原副館長。大刀洗飛行場が爆撃を受けた理由は当時、日本軍が行っていた特攻作戦にあるといいます。昭和20年ごろ大刀洗飛行場は飛行機で敵艦に体当たりする特別攻撃隊、いわゆる特攻の中継基地となっていました。パイロットもろともアメリカ軍の船に突入する特攻はアメリカ兵に多大な恐怖感と精神的なダメージを与えていました。
【大刀洗平和記念館 北原勲副館長】
「特攻の大きな役割を果たしていたところですからアメリカ軍が見逃すわけにはいかないと」
【川名信生さん】
「びゅんびゅん上を爆弾の破片を飛ぶ音が聞こえるんですね」
当時の大刀洗飛行場への爆撃を知る川名信生さん89歳。川名さんは陸軍の兵隊として飛行場にいました。爆撃の音に気付き、たこつぼと呼ばれる兵隊が身を隠す穴に逃げ込み川名さんは無事でしたが、同じ穴に逃げ込んだ別の兵隊は亡くなりました。
「のどをやられて血が僕の顔にばーっとかかって首出すなって言っているのに爆弾の破片でやられてずるずる沈んでいく。それをかかえていなきゃならない」
激しい爆撃から生き残った川名さんは、同じころ近くの小学校の子供たちが避難している最中に被害にあったことを聞き頓田の森と呼ばれる現場に駆けつけました。
「ゴザの上に寝かされてました。死んだ者は。電線には肉片やら手やらがぶら下がっているし、運ばれている子どもたちが『とうちゃん。おれの手があるだろうか。手がないと飛行機乗りになれない』やと」
頓田の森では7歳から13歳までの子供31人が犠牲になりました。昭和20年3月の空襲では、この子供を含め、軍人など600人から1000人が犠牲になったといわれています。
松隈さんが撮影した写真が展示されている福岡県筑前町の大刀洗平和祈念館には、特攻作戦などで戦死した軍人の写真も並びます。いまでも折り鶴を持ってくる中学生など子どもたちの姿が跡を絶ちません。
【中学生】
「たくさんの人たちがなくなっていて、今、私たちは平和の中に生きていてその分までみんなに伝えたいと思って作ってきました」
その一角にある笑顔の写真。小郡市に墜落し戦死したB29のパイロットたちです。さらにその近くには、このB29を体当たりで撃墜し戦死した日本軍のパイロットの遺影が飾られています。撃墜した方もされた方も10代後半から20代前半の若者でした。
松隈さんが写した一枚の写真、そして、それにまつわる歴史の事実は、戦争の悲惨さを無言で訴え続けています。
終
≪2012年8月15日放送≫
(年齢は放送当時)
67年前の1945年、太平洋戦争末期に鳥栖市と福岡県小郡市との境にアメリカ軍の爆撃機が墜落しました。その様子を撮った写真に映った悲劇と映らなかった悲劇を当時の関係者に取材しました。
ここに一枚の写真が残されています。1945年昭和20年4月、鳥栖市と福岡県小郡市の境に墜落したアメリカ軍の重爆撃機B29を映した現存する唯一の写真です。
「この少し奥の方に落ちたんですね。で、すっかりここは市街地になっていますけど」
撮影をしたのは当時18歳だった基山町の松隈嵩さん。写真が趣味だった松隈さんはB29が墜落したと聞き自転車で現場に駆けつけました。
「写真を一枚でも映したいという気持ちがありました。そのころ学徒動員で飛行機工場に勤めていたものですからB29というのは当時の最新鋭機ですからなんとしてでも一目見たいという気持ちがあったんですね」
墜落したB29の姿を民間人が映した写真はほとんど遺されていません。
「写真機持っているだけでもスパイと。警察に呼ばれる、憲兵に呼ばれるそういう時代でしたね」
1941年、昭和16年にハワイ・真珠湾への日本の攻撃から始まった太平洋戦争。当初は快進撃を続けた日本もアメリカをはじめとする連合国の反撃を受け昭和20年には日本各地へのB29の爆撃が連日のように続いていました。軍部は不都合な情報を隠し日本の勝利を疑わない国民も多くいましたが松隈さんは疑いを持ち始めます。
「日本の飛行機は油が漏れて油の筋が一杯ついているのが見えたがそういうのはなくピカピカ。工業の差は歴然としたものを感じた。そのころから日本は危ないかなという気が」
墜落したB29は、当時東洋一といわれ現在の福岡県筑前町と大刀洗町にあった陸軍大刀洗飛行場を狙って飛来したものでした。
「飛行機をこの中に隠して上から土をかぶせて芝生を植えてわからないようにして隠したんですね。攻撃を避けるために」
大刀洗飛行場の歴史などを伝える大刀洗平和記念館の北原副館長。大刀洗飛行場が爆撃を受けた理由は当時、日本軍が行っていた特攻作戦にあるといいます。昭和20年ごろ大刀洗飛行場は飛行機で敵艦に体当たりする特別攻撃隊、いわゆる特攻の中継基地となっていました。パイロットもろともアメリカ軍の船に突入する特攻はアメリカ兵に多大な恐怖感と精神的なダメージを与えていました。
【大刀洗平和記念館 北原勲副館長】
「特攻の大きな役割を果たしていたところですからアメリカ軍が見逃すわけにはいかないと」
【川名信生さん】
「びゅんびゅん上を爆弾の破片を飛ぶ音が聞こえるんですね」
当時の大刀洗飛行場への爆撃を知る川名信生さん89歳。川名さんは陸軍の兵隊として飛行場にいました。爆撃の音に気付き、たこつぼと呼ばれる兵隊が身を隠す穴に逃げ込み川名さんは無事でしたが、同じ穴に逃げ込んだ別の兵隊は亡くなりました。
「のどをやられて血が僕の顔にばーっとかかって首出すなって言っているのに爆弾の破片でやられてずるずる沈んでいく。それをかかえていなきゃならない」
激しい爆撃から生き残った川名さんは、同じころ近くの小学校の子供たちが避難している最中に被害にあったことを聞き頓田の森と呼ばれる現場に駆けつけました。
「ゴザの上に寝かされてました。死んだ者は。電線には肉片やら手やらがぶら下がっているし、運ばれている子どもたちが『とうちゃん。おれの手があるだろうか。手がないと飛行機乗りになれない』やと」
頓田の森では7歳から13歳までの子供31人が犠牲になりました。昭和20年3月の空襲では、この子供を含め、軍人など600人から1000人が犠牲になったといわれています。
松隈さんが撮影した写真が展示されている福岡県筑前町の大刀洗平和祈念館には、特攻作戦などで戦死した軍人の写真も並びます。いまでも折り鶴を持ってくる中学生など子どもたちの姿が跡を絶ちません。
【中学生】
「たくさんの人たちがなくなっていて、今、私たちは平和の中に生きていてその分までみんなに伝えたいと思って作ってきました」
その一角にある笑顔の写真。小郡市に墜落し戦死したB29のパイロットたちです。さらにその近くには、このB29を体当たりで撃墜し戦死した日本軍のパイロットの遺影が飾られています。撃墜した方もされた方も10代後半から20代前半の若者でした。
松隈さんが写した一枚の写真、そして、それにまつわる歴史の事実は、戦争の悲惨さを無言で訴え続けています。
終
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